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すけっち
通信No.5(2008.1)より

音楽と美術は子供の頃から好きだった。
好きなことだけをしていわゆる勉強ということをしたことのない僕にとって、学生時代いざ進路を決めようとした時、音楽の道は無理だったが、美術の道は間に合わせでデッサンなどの勉強をすることによって、なんとかその手の学校に進むことができた。
映画も大好きだったので、今の自分があるのはそんなことが原点なのだろうと思う。
中学校時代にブラスバンドに入部しトランペットを吹くが、少しうまくなっただけなのに、フルート、クラリネットと自分の好きな曲を奏でる楽器に手をだし、先生によくおこられ、長続きしないこととなる。そんな自分がいるせいか、今でも楽器は好きで、海外などにいって変わった楽器などがあるとつい買ってしまう。土産物屋や露天商などで見つけたものがほとんどで、安く粗悪品のため音をだして遊んだりしているとすぐにこわれてしまう物が多く、直すこともないまま我が家のただの飾り物になってしまうのだが、多分それで満足なのは、楽器の形とか物としての魅力に取り憑かれているせいだろうと思う。
昨年携わった「TANKA」という作品で民族楽器を使用したバンドのセッティングがあり、我が家にあったミャンマーで手にいれたホーンバイオリンという、トランペットとバイオリンの合いの子のような楽器を、セットに持ち込んだのだが、それがちょうど出演していたバイオリンニストの興味にふれ、非常に珍しい楽器らしく、その方の手でオーバーホール、弦などがはりかえられ、実際演奏を聞かせてもらうことができた。
すばらしい演奏を聴き思ったのだが、楽器ほどそれを扱う人間の腕が明白にでる道具もないと思い、これも楽器のもつ魅力のひとつだなと思った。自分の腕をあげないといい音を奏でることはできないのである。これは当たり前のことで、どんな道具でも実際の仕事はそれを扱う人間にたくされている。こんな当たり前の事を再認識してしまうのは、最近その基本的な事がどうもわかりずらくなっている道具が多いせいだろうと思う、コンピューターの進歩などはまさにそうなのだが、僕も仕事でパソコンを使う事が非常に多くなってきてしまった。この道具は非常に優秀な道具で、絵や音楽もその使い方になれるとかなりの高いレベルでその仕事をこなしてくれる。しかしその結果をもたらす自分の能力が上がっているかというと、ここが注意どころである。
道具は日々進歩しつづけるのだが、扱う人間がその部分で進歩しているかというと、ここに分かりずらい疑問が残る。学生時代苦手だったデッサンでは鉛筆という道具一つで紙に向かうのだが、出来上がった作品は明白に今の自分の能力を写しだしてくれる。パソコンがあっという間に描きだしてくれる、パースペクティブな絵も、実際の対象物を相手に鉛筆でその存在を描こうとすると、これがなかなか難しかったのを覚えている。なんとか格好をつけようと頑張ると、被写体とにらめっこのしっぱなしになる。あたっている光、また見えてはいない裏側を確実に捉えていかないと、そのものを巧くは描けない。思うと出来上がった絵よりも、その絵を描くプロセスで、ずいぶんと多くのことを学べたような気がする。
何かを作ったり表現しようとする人間にとって、最初に扱う道具はシンプルな方がいい、結果よりもまずは自分と向き合うことができないと、優秀な道具に使われるだけとなり、豊かな表現もそこからは生まれてこないような気がする。


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