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すけっち
通信10(2010.12)

撮影所育ち 金田 克美

平成22年10月10日、大澤哲三さんが63歳の若さで逝去されました。
左記の文章ははその2ヶ月前、これから特撮現場の貴重なお話を取材したいと始めたばかりの最初のインタビューでした。

〜ただ水を落とせば良いものじゃないよ!

 私が初めて“水落とし”に遭遇したのは約30数年前のことです。成田亨デザイナーより「明日、東映の大プールに水着を持って集合」と連絡が入り、なんとなくウキウキした気分で当日集合したのを覚えています。
 東映大プールの中央部に盆踊りのヤグラのようなものが組まれていました。それは高さ約10メートルの、まるでスキーのジャンプ台のようなスロープです。私が初めて見た水落としの仕掛けでした。

 作品名は定かではありませんが、たぶん石原プロと円谷プロ提携の「太平洋ひとりぼっち」だったと思います。美術デザイナーが成田亨、美術助手は大澤哲三ひとりで、他のスタッフも小規模編成で皆大忙しの仕事でした。木製の高床式16トン貯水タンクは水漏れが激しく、10メートルのヤグラを登ったり下ったりの作業が続きます。またオープン撮影のため、太陽と水との戦いでクタクタになる日々でした。

 本番当日の空はどんよりのねらい通りです。台風の嵐の中を木の葉のように波間を漂うヨットに16トンの大波をぶつけ、タイミングもよく無事にOKとなりました。疲れきってよく覚えていませんが、成田デザイナーのアイデアがいっぱいの水落としでした。当時よく見れなかったことは残念です。

 次に水落としにお目にかかったのは東宝大プールでした。それはメカゴジラが海から出現するシーンでした。大プールに波起こし機と平行して回転式4トンタンクを2台設置しました。波起こし機は、大プール全体のうねりなどを起こすための常設の装置でした。回転式水落としは貯水型に比べ、遠心力を利用し一度に水を放出するため、持続力は無いが破壊力が大きいというメリットがあります。

 その後、ウルトラセブンでは基地発進ライブラリーの撮影で3ヶ月間水びたしになりました。特撮デザイナーとして初めてわった水落としはウルトラマンレオ(テレビシリーズ)の1〜4話でした。市街地が舞台となり、それまでになかった高層ビルなどが津波によって破壊されるシーンを映像化しました。回転式移動用2トンタンクを4台作りましたが、テレビ作品のためプールは少し小さめでした。波が高層ビルの足元に直撃するベストポジションにセッティングしたかったので、水落としの仕掛けそのものを移動できるようにコンパクトにしました。その結果、下層部より崩れ落ちる高層ビルの迫力あるシーンが撮影できました。

 近頃大はやりのCG技術については思うところがあります。今や技術の進歩は爆発的であり無限に近いと思います。人が考える絵はすべて画像に表現できる時代になりました。ところが人が考えもつかないような絵を作る、つまり必然的に偶然を作り出すための技術といえない技術が特撮の現場にはあるのです。 毎回プールやスロープなどに小細工を施します。これが偶然を生み出すのです。小細工を10仕掛けると10の偶然が生まれます。それこそが必然的な偶然であり、これがねらいの絵になるというわけです。

“水落とし”とは、ただ水を落とせば良いというものではありません。

大澤さんの思い出

 私がこの仕事を始めて最初についたのが大澤さんで、助手として多くのことを学びました。
 まず与えられた課題は、分厚い板状のカポックからミニチュアセットの山を切り出す作業でした。材料を無駄なく有効に使うにはどうすれば良いか自分で考えろと言われたのですが、初心者の私にはさっぱりポイントがつかめません。結局大澤さんが指示したとおりのラインで切り出したのですが、不要と思われたほうのかたまりをひっくり返すと、それもちゃんと山の形になっているという見事なパズルになっていました。
「お金をたっぷり使う仕事は誰にだってできる。お金を使わず工夫して上手くやるのがプロだ」長年テレビの世界で厳しい経験を積んできた大澤さんからの教訓でした。いかに無駄なく効率的に作業するかは私にとってその後の仕事の基本理念になりました。

 もうひとつ私にとって大きな教えは、「カメラから見て画が成立していれば、どんな手を使ってもいいんだ」という柔
軟な発想です。飾りに決まりごとは無く、その場その場の状況で臨機応変に対処する技を身に着けることが大事だということです。
 東映テレビ作品におけるミニチュアメカの発進基地のセットでは、黒バックの前にトラスの柱を並べれば、壁が無くても格納庫として成立することを教えられました。こうすれば予算もかからず、作業も早い。しかもライティングの自由度が高いというメリットがありました。

 また「カメラから見えない舞台裏の設計も重要なデザイン作業だ」と良く聞かされました。「ゴジラvsキングギドラ」
では、それまで考えられなかった高さ5メートルの壊し用石ビルを大澤さんが実現します。従来の構造では自重で崩れてしまうので、内部に鉄フレームの階層を作り、撮影で壊す順番にフレームをはずして行ったのです。

 仕事中はいつも冷静で多くを語る方ではありませんでしたが、お酒が大好きで酔うと一転して気さくで楽しい大澤さんに変わりました。そこでもいろいろな作品の面白い思い出話を聞くことが出来ました。大澤さんの歴史は円谷プロのテレビ特撮ヒーロー作品から始まり、遺作となったのも新作映画のウルトラマンでした。40年以上の永きに渡り、いつも特撮ヒーローとともにありました。その作品歴を振り返った時、50歳以下の日本人のほぼ全員が子供時代に大澤さんが作った特撮作品を見ているであろうことに気づかされます。

 大澤さんの仕事はこれからも数多くのヒーローたちと共に永遠に残るでしょう。日本中の子供たちにたくさんの夢を残してくれてありがとうございました。

インタビューア

三池敏夫

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