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元気をもらう「一枚のハガキ」 金勝浩一

「萱葺の家が燃えるんですね、、。」
前作、新藤兼人監督作品「石内尋常高等小學校 花は散れども」の公開が落ち着き、2年後の監督との食事会での出来事だ。まだまだ創作意欲がある新藤監督のその御言葉に安心もした。
今回で新藤兼人監督と私とは2本目にあたる。横浜時代(横浜放送映画専門学院)のころ、新藤兼人監督の映画、シナリオの著作物にいたるまで、「映画とは何か?」の頃から読破し学んでいた私にとって、監督の作品に参加できるのは感無量であるし、思ってもみなかったことだ。「参加する」というより「また学ばさせていただく」というほうがいいかもしれない。
溝口健二監督と美術監督水谷浩氏とその時代を過ごしてきた方でもある。
今回の作品は製作費、俳優調整などGOがでるまで、紆余曲折ありました。原作物を映画化するのが容易く、オリジナルを映画化するのは難しい時代。巨匠には容易く国が、映画を撮れる環境を提供出来ないものか?この風潮に喝を入れられないものか?黒澤 明、市川昆両監督が晩年苦労したように、映画化しにくい状況があったことも確か。と思っているころ、準備、撮影時期が決まる。ほっとする。

 監督が創設した独立プロの先がけ「近代映画協会」での製作になる。60年になるそうだ。「撮りたいものを撮る」という会社のこだわり。とても素敵なことだ。
前作でも出演していた俳優もベテランの方ばかり。それぞれここがピンポイントという日数のところをねらっての撮影になる。スタッフもいつものメンバーが集まる。3月には顔合わせ。監督の顔もご機嫌だ。オープンの場所のリサーチ、監督に報告。4月にはオープンの場所の決定、監督の誕生日(22日!)、萱葺きの段取り、建て込み、スタジオセットとの並行準備、ロケで時代にあわせた「ばれ隠し」、衣装合せ、監督とのロケハンなど。インは5月17日、アップは6月末と決まる。1か月近くでオープンを完成させなくてはいけない。
「一軒の貧しい茅葺農家」がメインになる。日本全国に茅萱の在庫状況、建て込み、スタジオセットとのマッチング、炎上のこと、焼け跡の造成、麦畑の生育など戦中、戦後、同じ場所の設定なので、45日の撮影のなかで設定変えが大変であった。
監督の思いが、絵コンテ、イメージ画を含め、脚本、演出、美術、小道具、建築物の汚し加減にいたるまで芝居に関わるものすべて、創作帳にあらわれている。スケッチブックに全部で5冊ほど。前作から2年の月日がたっていましたので、書きこまれていたようです。すごい意欲を感じます。

 あらすじは、ざっとこうである。ある出征兵士(啓太)に、もう一人の兵士からその妻(友子)からのハガキを見せられる。夫(定造)の不在を嘆く妻(友子)の言葉が書かれているが、結局、彼(定造)は戦死。このハガキを預かった男(啓太)が戦友(定造)の家(寄棟の農家)を訪ね、その妻(友子)に出会う。
そこでは、戦争で破壊された家族の現実を知る。この戦友の農家がメインセットとなる。(映画公開は2011年夏予定。中身は映画公開をお楽しみに)

 農家の室内は日活撮影所にある土のNo.12ステージと決める。新藤監督にとっては「ふくろう」以来である。土のステージがここしかないのも日本映画全体にとって残念でもある。
寄棟屋根の母屋の横に、「納屋」を造る。この「納屋」が重要な芝居場の一つで、あとあと、オープンセットと麦畑で再利用し、同じ場所に見せる「つながりとしての機能」をもたせる大事な建造物となる。前作と違いナイター撮影がとても多い。監督の体調のことも考慮にいれ、スタジオで表のシーンを撮ることも考慮する。監督の体調健康管理を前作同様、孫の映画監督の新藤風氏だ。新藤監督と孫の映画監督の関係はいつもながら、微笑ましい素敵な関係だ。

「室内はスタジオセットといえども、表の一部、萱葺の屋根、表まわりの庭、縁側、納屋へ行く道中、オープンセットとの造園植栽や環境など、繋げなければならず、予算も二重にかかってしまう。そうはいかないので、納屋のセットや飾り物はそれぞれのロケに運び、つなげることにする。4か所への移動になる。大きさはワイド3間あるもの。大道具さんに頼めないので、我々で移動建て込みをするのである。大変だがいつものことだ。さすがに4か所目の建て込みは手慣れてきた。コスト削減の一環。
スタジオのセットは材料を焼くことから始める。日活5スタジオの前はバーナーの音で騒がしくなる。焼き板作業もどこまで焼くか材料の使う場所により焼き加減してもらう。高圧洗浄機とブラシで洗い磨き上げる。こういうこつこつした作業がいいセットを生み出す。なかなか他のパートにわかってもらえない、地道な作業だ。

 新藤監督作品ということで大道具の皆さんの気持ちも一味違う。塗装場は土壁の材料選定や量加減でひび割れのディティール表現で苦心する。建て込みの時間と土壁の乾きの時間調整で悩む。セットですから、「取り壁」のことも考え、ボンドと漆喰を混ぜてみたり、藁のくずの量でひびわれの感じの差が微妙に出たり、急速乾燥を与えるとヒビにおもしろい表現がでたりした。時間ないなか、苦労をかけてしまう。「古茅萱」も茨城からもらう。ハイエースを借り、めいいっぱい積み込む。煤だらけになりながら、ステージにいれる。萱葺き職人を呼ばず大道具チームでお願いし、葺いてもらう。古茅萱の中にアオダイショウが紛れ込み積んできてしまったようだ。大騒ぎしたが、縁起物だし、再度同じ土地に行ったときに逃がす。よき思い出だ。
ガラス窓や,雨戸外の植栽、造園をいれる。当たり前だが、すべて根付きでお願いする。すごい本数になる。1か月近く、暗いステージで、生きてもらわなければいけないのだから無理もない。ナイター撮影も考えてのことだ。ヌケはホリゾントに背景を一部書いてもらう。背景は素敵な技法だ。画面に生かすも殺すも撮影、照明の技量にも左右され、最近はどうなるか難しい時代だ。
土のステージにグリーンが入り、水を与えるととたんに新緑のにおいがたちこめる。むしろ敷きの板の間、炉の板間、流しとクドのある土間、五右衛門風呂、外に3間ほどの自然木の木小屋に物置2坪と1坪ほどの納屋がある。オープンセットとスタジオのつながりが同時進行で進めていく。
オープン建込業者選定は、経験がある業者を探すことにする。時間がないからでもある。北野武監督作品「座頭市」で撮影経験豊富な茨城県石岡市にある工務店にお願いする。焼き板作業や萱葺の屋根の重量計算などオープンセットについて話が早い。映画撮影に理解がありありがたい。製作部も助けていただく。とてもいい方で助かる。次は萱葺き職人を捜す。まず材料の茅萱は在庫としてあるのか?、職人を探すことと並行していく。
建てる場所も問題だ。炎上ができることと、周りの環境条件など、栃木県、群馬県、茨城県などプロデューサーとチーフ助監督と時間をみては、車を走らせ探し回る。造成地という案もあったのだが、予算の都合もあり、周りの環境が整っている所を優先し、かつ、炎上シーンOKの所を見つける。茨城県石岡市に荒れた棚田を見つけた。ここなら、工務店にも近い。東京から2時間くらいで、監督の体調負担もそうかからないだろう。
棚田の2段目に母屋を建て、手前の一段目の荒田をなめて撮れるように、監督にプレゼンする。気に入ってもらう。3段目は2段目と立地が似ていることから、焼け跡のあとの麦畑を耕すシーンで撮影することにする。近所にも撮影のお願い等、挨拶周りをする。
「常総風土記の丘」から萱葺き保存会の方を紹介してもらう。日数がないこと、お金もないこととお願いしたときには、絶句、、、無言になったが、「なんとかするべ!」の一言。
たのもしい。少し先がみえてきた感じ!



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