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美術監督の仕事

美術監督の仕事とは

THE WORK

Association of Production Designers in Japan

映画製作現場の基礎知識

1.美術とは

映像製作に係わる仕事の中で美術とは、撮影や照明、録音などの仕事に比べ内容が広範囲にわたるために、多くの職種・職能があります。そしてそれに関わる多くの人が、作品の制作過程初期から打ち合わせに参加し、準備を行い、撮影現場で仕事を進行させていきます。仕事内容が多岐にわたるため、一言で説明することは難しいですが、映画や映像作品の画面に映っているもので生身の俳優以外、全てが美術の仕事だと思っていただけるのが一番かもしれません。

映像には沢山の種類があります。一番身近なテレビを考えてもコマーシャルからニュース、バラエティなどいろいろな種類の映像があります。それらのほとんどの映像は何かを撮影して出来上がっているわけです。例えばニュースの中で流れる映像やスポーツ中継のように、現実をそのまま撮影しその状況を伝えることを目的とした映像の中には撮影、照明はあったとしても美術という仕事は存在していません。それではどのような映像に存在するのか。それは、その映像が人為的に用意された被写体を写したときに生じます。例えばコマーシャルやドラマ、また音楽ビデオなどの映像がそれに当たります。それらの映像は作り手が想像した世界観、映像イメージがあり、それを具現化、視覚化した映像だからです。

作り手がイメージを映像として表現しようとした時、その世界観やイメージを具体的し被写体を作成する必要性が生まれます。実際にイメージを具現化した劇的空間の構築に美術の仕事が存在しているのです。

2.映画美術の誕生

中でも映画は映像の中で歴史が一番古く、美術という仕事の考え方をしっかりと培って来た映像といえるでしょう。映画が最初にこの世に生まれた時、現実にある風景を撮影することしかなかったのですが、すぐに劇映画が誕生しました。そして映画の世界にその物語のイメージに合った被写体やその空間を作り込む美術の仕事の必要が生じた時、その仕事を担った人たちは当初、舞台美術の仕事をしていた人達でした。

映画美術の仕事は劇映画の誕生と共に生まれ、その考え方が育てられてきました。現在は劇映画だけでなくテレビやインターネットなど、さまざまな映像で溢れています。しかし、そこに存在している映像美術の仕事を考えたとき、その基本となる考え方は映画美術そのものの考え方の中にあると思います。日常生活を舞台にした映画や、リアリティーを追求した映画だと、見終わった後も美術の作り込んだ仕事の存在を感じないものですが、美術の仕事をしている側から言えば、それはぜんぜん構わないことなのです。なぜなら美術の仕事は、ある物語の設定が組まれた時、方法はどうであれ、その最も雰囲気のある空間を作り上げ、提供することが重要なのです。美術が設定した空間で登場人物が演技し、それを撮影していく。観客の視覚の中にその映像シーンが映し出され、美術の仕事は映画の中に溶け込んでいく。それこそが美術家の目指している空間なので、あえて観客に確認させる必要はないというわけです。映画美術とは、その時代を問わず建築から街区(町並み)家具、衣装、風俗、習慣などのすべてを含んだ、ありとあらゆる人間生活の全てを映画のために視覚表現をする仕事なのです。その中には空、海、山野や水中などの自然表現もあり、地震、火事、嵐までもデザインすることもあります。それは舞台美術とは違い、リアルな世界観を第一としたところから始まり、抽象表現さえも行う場合もあります。従って映像イメージの表現は、映画の製作者、監督の演出と大きく係わるため、綿密な打ち合わせから始まり、イメージを具現化するために、その内容調査から図面の作図、絵の制作も必要となり、これに従事する人は可能な限りその技術と想像力に長けた才能を持つ必要があります。しかもそのイメージの具体化は多くの美術技術者によって作られるわけですから、如何にイメージを伝えるか、というシステムが必要になってきます。そのシステムはその国の状況や製作体制などによって異なりますが、それに携わる人々の編成に工夫がいるのは当然で、そこからプロダクションデザイナーの職能が米国で生まれました。プロダクションデザイナーとは端的に言えば映画のオープニングタイトルからエンドマークまでの総合美術監督で、日本でも望ましい体制ではありますが、そういう取り組みの作品は数少ないのが現状です。

プロダクションデザイナーの仕事は、工程管理、品質管理、予算管理、進行管理などクリエイターの要素以外のプロデューサー的部分の比重が多く、欧米では監督の次に重要職と言われています。

3.美術監督

映画の美術は肉眼で直接鑑賞する絵画や舞台美術とは異なり、全て撮影し編集作業を経てスクリーンに映写することにより、はじめて作品として評価されるもので、監督はもとより、撮影、照明などとの打ち合わせ等で意思の疎通がなくては十分にその目的を達成することはできません。

美術監督は、美術部門の総合責任者として美術全分野を統括し、助手がそれを補佐するという体制が基本的システムです。通常はメインスタッフが編成されるときから参加しますが、最近は映画製作条件の変化もあり企画段階から参加のケースも多くなっています。

美術監督はシナリオの意図を理解し、先ずこの作品はどのような映像を要求しているかをイメージします。美術監督の感性と言っても良い部分ですが、培われた経験、多くの知識が必要です。次にシナリオの要求しているものを如何に表現し得るか、各々のシーンごとにロケーションかスタジオセットか大きく分けて考えます。野外シーンだからと言って全部をロケーション、また屋内シーンだからといって全てスタジオセットにするのが良いとは限りません。一見ロケーションではないかと思わせるスタジオセットもあるわけだし、また、自然景観を利用するロケーションの場合でもさまざまなものを取り付けたり(例えば植木、石垣、塀、看板等の飾り込み)また、建物を建てたり、相応しくないものは撤去したりして作品の美術効果のための色々な表現を考え工夫します。経年加工(エージング)、雰囲気を出すために実際に在る建物の外部、内部を加工して利用する場合(ロケセット、ロケ加工)もあります。

監督の演出イメージ、撮影、照明の意見、技術的条件、製作経費なども十分に配慮、調整を重ねて最終的に区分けして美術監督は全体的なイメージを考えて行きます。映画美術は、人間生活のさまざまな場の表現ですから、映画のセットの主なものは建築物、建造物が多く、作品のスケールの大小、経済的規模、内容によって異なってきます。要求があれば飛行機でも、船でも、列車でも、ビルでも、また火事、爆発など仕掛けのある物など作ることがあります。

映画美術で大切なことは、映画は全てカメラのレンズを通して見るということです。美術監督は作品の各シーンの比重を考え、ステージの限られた空間をどう効果的に使うか、どの場面、どの屋外セットに予算をどう配分して効率的に使うかを考慮してデザイン作業を進めます。美術監督の引く線一本、使用する素材によって製作経費に大きく影響を及ぼすといっても過言ではありません。

美術監督(デザイナー)が作成したいろいろな決定図面を基に実際に現実の建造物にしていきます。図面として紙に描かれたものでは、映像的創造空間の絵であって実際にこの作画された絵を撮影することはありません。一口に映画美術といっても美術監督が設計したイメージ、図面を具体化する分野は多岐にわったており、その各部門の専門的技能によって、かたち作られます。各美術部門の責任者と図面を基に空間イメージや美術表現、映画監督の狙いや要望を相互理解し、詳細な部分まで打ち合わせをして、いろいろな材料や器材などを選択し決定し、初めて具現化していくのです。

4.美術の様々な職種・職能

  • 装置(大道具)〜大工、鳶職、建具、経師、張物、塗装、園芸(植木)、左官、背景等々。

    舞台美術用語の大道具という名称がそのまま使用されているように、美術という名称が使われる前から日本映画に存在します。映画美術の歴史は大道具から始まっており、舞台と同じように基本的には登場人物(俳優部)が手に取ることのない装置を制作します。美術監督直轄の分野で、近年では高画質映像を配慮した最新技術が求められます。

  • 美術助手

    美術監督を補佐し、各美術パートの作業や撮影が円滑に進むようコミュニケーション能力も求められます。

  • 装飾(小道具)、持ち道具、電飾、フードコーディネートなど

    これも舞台美術用語の小道具という名称からきており、基本、大道具以外の登場人物(俳優部)が手にするものが担当になります。が、家具、調度品、装飾品など範囲が広く、また、時代のみならず地方・地域性の違いなど深い知識と情報収集などが必要です。物語の主要な鍵となることも多く、演出の意図の理解も必要で、技術者の技量が求められます。

  • 衣裳デザイナー、衣装、スタイリストなど

    衣装は最も端的に役柄を表します。衣装は髪型、メークと共に実生活でそうであるように、性格、職業、年齢、時代、人種、国柄等さまざまなことを無言のうちに物語っています。衣装には大別して時代衣装と現代衣装があります。時代衣装は「真実」よりも「真実らしい」ことが肝要です。衣装の様式は元来時代を反映しているのでありますが、あまり厳密な考証も善し悪しで、例えば博物館に展示されるような衣装は、そのままでは役者の着る衣装にはなりません。監督や美術監督、俳優のイメージを最大限に反映させ、映像の世界観の衣装にしていく。衣装を担当する技術者の探求から生み出された想像やアレンジが映像に深みを与えます。

  • 結髪、床山

  • ヘアメーク、美粧、特殊メークなど

    映画のメークアップは舞台のメークアップの違いは、舞台では遠くからはっきり見えるように顔の隈取は明確に強調されますが、映画の場合は最も写実的でなければなりません。映画メークの場合“美と性格”は表面に与える変化だけでは、創造し得ないのが真実です。従ってメークによって役柄を作り出すには、生来の肉体の構造や輪郭をできる限り変えることが必要であり、その為の特殊メーク材料が種々あり、現在もさまざまな技術が研究、開発されています。

  • 他に、

    • 特撮美術
    • VFX.CGクリエイター
    • 操演など

    アクションシーンや爆破、天災、現実にはない空想世界など特殊な場面の美術には欠かせない分野です。特に近年はそういう設定の作品が増え、さらなる技術の進化が求められています。

5.最後に

美術監督の仕事は、長い経験と膨大な資料、豊富な知識と感覚によって映像画面の美しさを求めて創造し、イメージを提示し、それを具体的に造形化して撮影する空間を造る独特で特殊な職能なのです。長い映画製作の歴史の中で、作品の求める映画的空間形成に果たした美術の役割は大変大きいとおもいます。

これからはますます新しい機材や技術の進歩、CG(コンピューターグラフィックス)による表現の多様化、新しいメディアとの対応など、映画製作のみならずあらゆる映像メディアにおいて新しい映像表現を作り上げるための感性が大きく求められ時代と思われます。また美術監督が全ての仕事の部門を理解、把握して、諸々の条件を配慮して美術考証から撮影の現場に到るまで一つの作品を作り上げるためにあらゆる映像美術技能者と総力を結集して美術の表現に貢献するできる環境づくりも今後の課題といえます。

美術の仕事は、量、重量、質、空間、距離、形態、雰囲気を製作者の意図や演出者のこれに対する解釈にもとづいてより正しく秩序付けることが仕事なのです。そして優れた想像力を持たねばなりません。不断に研究し、才能を磨かなければなりません。そして正しい社会的認識と世界観を持って人間生活を深く洞察しなければなりません。

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